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    <title>Report</title>
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    <updated>2010-07-07T10:08:19Z</updated>
    
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    <title>Creative Café Vol.10 モノがたりを装う～ファッションとアーキテクチャ～ 参加者アンケートからのＱ＆Ａ</title>
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    <published>2010-07-07T09:55:50Z</published>
    <updated>2010-07-07T10:08:19Z</updated>

    <summary>後半は時間が足りず、深町氏の結論を十分に引き出せないまま終わってしまった感があり...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="IMG_0700.JPGのサムネール画像" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/07/IMG_0700-thumb-250x166-106.jpg" width="250" height="166" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>後半は時間が足りず、深町氏の結論を十分に引き出せないまま終わってしまった感がありました。あらためて深町氏から参加者に伝えたいことをまとめていただきました：</p>

<p>・ファッションと言えば人は服装やその周辺を思いつくが、それらが生み出してきた「ものごとを標準化と差別化」するダイナミクスがあり、その流れはさまざまな分野にもあてはまる。<br />
・「ファッション＝標準化と差別化という人間の心理的・基礎的欲求が生みだす社会的ダイナミズム、トレンド」と定義。<br />
・サイエンス、アートは 成熟化した社会 （機能よりも情感優先）の中で「ARS（アルス→アート）」の原点に立ち返ることで、 新たな価値創造を行うことができる。その意味で、より明確な機能を持つ「デザイン」と「アート」は異なる。 <br />
・ファッションにおいて、この流れ（標準化と差別化の繰り返しによる経済促進）は、消費者でありかつ生産者である私たちにとって必要である。</p>

<p><big>参加者アンケートによるＱと、深町氏によるＡ：</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/IMG_0846.JPG"><img alt="IMG_0846.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/07/IMG_0846-thumb-200x133-109.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>Q1</strong>：ファッション＝標準化と差別化の社会的ダイナミクスという考え方を、各種デザイン業界に適用することの功罪についてもう一度聞きたいです。さらに深町氏自身は、そのファッション化をどのようにとらえているのでしょうか。</p>

<p><strong>A1</strong>：ファッション産業の手法の応用は約９0年前から適用されていることであり、リップマンやV.パッカードの著作の中にもさまざまな事例が出ています。そのことが一般に知られていないだけではないでしょうか。 </p>

<p>その「功罪」はそれぞれの立場により変わってきますので断定することはできません、私たちは消費者であると同時に生産者でもあるわけですから。 各種産業のファッション化（標準化と差別化による社会的ダイナミックス）は 成熟化する社会の必然的方向であったのでしょう。農業への回帰やスローライフの提案はそのようなスピードを増すファッション化社会への反動とも考えられます。（ちなみに私も人間の原点を実感すべく農業をしております。）</p>

<p><strong>Q2</strong>：私たちの服や家電製品の選択に、他者の意図がこれほど強く関わっているとは思いもしませんでした。他にも商業界から仕掛けられている具体的な話があったら聞かせてください。</p>

<p><strong>A2</strong>：ダニエル・ピンクも著作（『ハイ・コンセプト』）の中で述べていますが、 世の中にデザインされていないモノ（やサービス）がないとするならば、すべてに他者の意図が入っているといえるでしょう。ただ、受け取り方は個人個人で違いがありますので、他者の意図（デザイン・PR戦略の意図）に気づかず自分の意志であると考える人も多いでしょう。選挙においてもこのようなPR戦略が応用されていることは周知されています。</p>

<p>このような「仕掛け」についてのリテラシーは、たとえば芸術作品の鑑賞により鍛えられると考えています。作品のテクストとコンテクストの読み取り訓練です。アートの鑑賞とは作品自体の美だけでなく、作者の制作意図を読み取ることも楽しみの一つだと思います。</p>

<p><strong>Q3</strong>：一見違う立場にある３人（オイラー、デュシャン、シャネル）のつながりについて。数学・アート・服飾が根底でどの様に関与し合っているのか、わかりやすく教えてください。</p>

<p><strong>A3</strong>：数学は物理・化学・生物学等のサイエンスの基礎として捉えていただきたいとおもいます。 まず、サイエンスの革新により新技術が創造されます、これは機能としての差別化の成立です。 こののちコストダウンのための標準化が起こります。たとえばDELLコンピュータのシステム （デヴァイスの世界的分業）のような産業構造です。すると製品の機能において差はなくなります。 そこで、製品寿命を延命するために機能以外の付加価値を付与することによる差別化が必要となります。 それが、著名アーティストとのコラボやダブルネームなどに代表されるアート的要素（情感的な付加価値）です。</p>

<p>機能におけるファッション性（差別化と標準化）とアート的要素によるファッション性（差別化と標準化）。 ここに、サイエンス＆アートのファッション性による心理的・社会的・経済的・文化的ダイナミズムが成立します。 </p>

<p>オイラー、デュシャン、シャネルはそれぞれの分野で創造的な差別化を行い革新を起こしました。 その革命は分野制限的なものではなく、時間や地域を超えた分野横断的なマトリクスを 生成していると言えないでしょうか。皆さんとともに考えていきたいところです。 </p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/IMG_0784.JPG"><img alt="IMG_0784.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/07/IMG_0784-thumb-420x280-112.jpg" width="420" height="280" class="mt-image-none" style="" /></a></span><strong>Q4</strong>：科学を始めとし、学問はファッション化されていくものなのか？もしそうなら、それはどの辺りまででくいとめられ、線引きがなされるべきなのでしょう？</p>

<p><strong>A4</strong>：学問にも流行（標準化と差別化）はあるのではないでしょうか？すでに一般化した、もしくは、大方の結論の出ていることを研究することは稀だと思います。<br />
独自の研究つまりここでも差別化が必要となるでしょう。 </p>

<p>たとえば環境問題のための研究はどうでしょう？ロボット研究はなぜ盛んなのか？芸術学、美学においても研究の流行はあります。それは、社会的要請に応えるかたちで成立しているので積極的に評価されるべきです。</p>

<p>その一方で、基礎研究が大切とは言われながら、自然科学においても人文においても 直接産業と結びつかない（産学コラボの成立しない）研究のための研究というのが難しくなっているように思います。そのような（経済的価値の差別化に重点を置く）意味での学問のファッション化については、社会の中で基礎研究をどのような位置づけで考えていくべきか、 私たち個人個人の考え方が深く問われているように思います。</p>

<p><strong>Q5</strong>：今回、深町氏がカフェというスタイルを通じて、参加者から意見を聞いた感想を教えてください。</p>

<p><strong>A5</strong>：もっと一人ひとりの方とじっくりとお話しできる機会があるとよいと思います。<br />
カフェ後に意見交換した際、実際に発表されたものとは違う質問をしたかったという方が多かったです。</p>

<p><strong>Q6</strong>：ファッションの将来のあり方についてどの様に考えていますか？</p>

<p><strong>A6</strong>：ファッション（狭義＝服とその周辺）に関して、後進国が先進国になる過程で発展するのが繊維産業（低賃金労働力が必要）であることを考慮すれば、その中心は世界の中でシフトしていくことが必然です。その意味で、日本はサイエンス的（技術・機能）にもアート的（情感）にもすぐれたクリエーション（差別化）が必要とされると考えます。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.05  サステナブルな未来を思考する　～科学とアートから見る環境と社会：ヨーロッパからの報告　3/3</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://creativeflow.jp/report/2010/04/creative-cafe-vol05-3.shtml" />
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    <published>2010-04-06T09:33:38Z</published>
    <updated>2010-04-21T10:47:01Z</updated>

    <summary>ホープ：フランクさんは、我々のことをミミズだと言いたかったのでしょうか？（笑）。...</summary>
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        <category term="03.サイエンス＆カルチャーカフェ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2935.JPG"><img alt="20091218_CC05_5.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2935-thumb-200x133-97.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>ホープ</strong>：フランクさんは、我々のことをミミズだと言いたかったのでしょうか？（笑）。皆さん、何かコメントとかご質問あると思うので、そこからまず始めましょう。<br />
<strong>Ｂ</strong>：このサイエンスカフェのトピックというのは、環境ですよね。環境というのは、一国ではなくて、いろんな国の協力が必要だと思います。では、どのように欧州連合では考えているのでしょうか。<br />
<strong>ホッツ</strong>：欧州連合では、「これは私の国ではいいけども、隣国にはよくない」というようなことは言えないんです。なぜかと言うと、1950年代に始まったとき以来、この欧州連合では、何か他国によくないのであれば自国にとってもよくないというふうに考えるんです。<br />
その姿勢というは、他国にとってのお手本になり得るではないかと。我々というのは、もうフルーツサラダのような、いろんな民族、いろんな国々が混ざっている国です。</p>

<p><strong>Ｃ</strong>：フランクさんは、私たちに、アジアの、あるいは東アジアのアイデンティティについて考えてほしいっていうふうにリクエストされたと思うですけども、その前に何がヨーロピアン・アイデンティティなのか、お話しいただけるとありがたいです。<br />
<strong>ホッツ</strong>：一つ目は、人権、非常にユニバーサルな人権というものがあるというのが大事な考え方です。男女間、それから民族間、宗教間、それから政治的思考、そういったことに関して決して差別をしてはいけないというのがベースになっています。２つ目は、国家という境界がある。あるいは、あらゆる団体と宗教というものの分離が大事だとされています。３つ目のアイデンティティは、法律というものがすべての基盤になっていて、責任を定義しています。最後 に「アイデンティティは批判されるということを覚悟しなければいけない」という考え方。何かを成し遂げれば誇りとしていいし、何か自分で責められるべきことがあったときは、それを引き受ける覚悟をしなければいけないという考えです。</p>

<p><strong>G</strong>：さっきミミズの話がありましたが、やっぱりスペシャリストというのは非常に重要だと思うんですね。特別なトピックにすごく深く切り込んで、理解をしていく。それのほうが、あらゆる物事を浅く知るよりも有益だと思うんですけれども。<br />
<strong>ホープ</strong>：皆さんの中で「私はスペシャリストではなくてジェネラリストだ」と思ってらっしゃる方はどれくらいいらっしゃいますか？　全然いらっしゃらないですかね？　<br />
<strong>ホッツ</strong>：スペシャリストとして道を極めるだけでは十分じゃないというのが私の言いたかったことです。スペシャリストであったとしても、ものごとを俯瞰して、自分のリサーチの裏側にあることはなんなのか、自分の研究の周辺で役に立つような分野というのはどういったものがあるのか、ほかの文脈で考えたときに、じゃあ自分の研究というのはどういうふうに捉えればいいのかを考えたほうがいい。<br />
もう一つは、やっぱり物事に対する広い、物事に対する知識が大事だろうと思っています。ヨーロッパでは、学生というものは、たとえばＡ・Ｂ・Ｃを専攻していても、Ａ・Ｂ・Ｃに関係をしていないコース、ゼネラル、一般教育と呼ばれるようなものを必ずとらなければいけないというようになっています。「サイエンスばか」だとか「サイエンスおたく」っていうものにならないように、っていうような方針があるわけですね。</p>

<p><big>ある日本画を見る</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2911.JPG"><img alt="20091218_CC05_6.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2911-thumb-200x133-99.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>津田</strong>：さっきからミミズの話がよく出てますね。少し地を這うような絵。松井冬子さんという先鋭な日本画家が描いた絵があります。たとえばこういうのをご覧になって、どんなふうにお感じになりますか？</p>

<p>　<a href="http://matsuifuyuko.com/works/006.html" target="_blank">松井冬子『浄土の持続』（平成16年／絹本着色・軸／29.5×79.3）</a><br />
　（<a href="http://matsuifuyuko.com/" target="_blank">http://matsuifuyuko.com/</a>より<br />
　　© 2008 All rights reserved by Fuyuko MATSUI）<br />
　<br />
<strong>Ｅ</strong>：ぱっと見、気持ち悪いなっていうのがあります。顔が怖い。半分笑ってるのかなんかよくわかんないですけど、目が気持ち悪いって言うか。<br />
<strong>Ｆ</strong>：私は結構きれいだと思う。日本画って言いながらちょっと洋画ぽく、ハムレットのオフェーリアにもよく似ている。着物にも見えるし洋服にも見えるし。<br />
<strong>津田</strong>：もう、いま二人聞いただけで、意見が分かれましたね。</p>

<p><strong>Ｇ</strong>：あれユリじゃないですか？　顔のところの花は。なぜあんな所に寝てるのか。そういうことを考えます。だから気持ち悪いとかなんとかと言うよりも、なんであんな格好してるのかなっていうことを。<br />
<strong>ホッツ</strong>：彼女は寝ていません。彼女は死んでいるように見えます。私からすると、彼女は死んでいて、そして、もう内臓が、体から出ているように見えます。ちょっと表現申し訳ないですけれども、なんかレイプされたような、私はそういうふうに見えます。非常に素晴らしい女性が、もしかして生きているのかもしれませんが、攻撃されて、もう内臓が飛び出ている。そして彼女が手を持ち上げていて、何かほしがっているように見えます。そして一方で、彼女は、何かまた大きいデザインの一部のようにも見えます。彼女の周りにいる植物だったり、水だったり、魚の一部のようにも見えます。<br />
<strong>Ａ</strong>：この絵は複雑だと言うことはできると思います。なぜかと言うと、現実は大体複雑なんです。ただ、本当にそれが複雑なのかどうかは、ここではちょっとわからないかなと思います。<br />
<strong>Ｈ</strong>：日本語で命の循環と考えると、あの女性はいま死のうとしているけども、自分の体が次の命、たとえば周りにある花のために自分が役に立つ、そういうことを理解していて、非常に喜びすら感じている。自分が消えていくんだけども、その命は次の命につながっていく。そういう喜びを持って、いま、死んでいくような、そんなイメージを私は受けました。<br />
<strong>ホープ</strong>：われわれは、アートを使って、生命環境を別の言葉で考えられるか、面白いところだと思います。たとえばそれが世の果てにつながっているとか、そういったことを考えようとしているわけです。</p>

<p><big>デザインとアートは違うか</big><br />
<strong>H</strong>：「サスティナブルな未来を思考する」というテーマですけれども、要するにサスティナブルというのは私の考えでは、やっぱりエネルギーの問題とか環境の問題をいかにクリアするかです。率直に言って、デザインというものとアートというものが、どう違うのかというのがよくわからない。たとえば車をデザインするときに、いいデザインであるならば、もちろん売れます。<br />
そういったことを通じてサスティナブルなテクノロジーが社会に浸透していくということだったら非常にわかりやすいストーリーだと思います。デザインではなくて芸術がこのサスティナビリティというのに対してどういうふうに関わっていくのかという論点はわかりにくい。<br />
<strong>津田</strong>：今後、サイエンスが、デザインと融合していくのか、アートと融合していくのか、それが非常に大きな問題になっていくと思います。</p>

<p><strong>ホープ</strong>：最後の締めにいこうと思います。個人的に思ったのは、サイエンス・カフェっていうのは、決まった結論というのはないですね。アートとサイエンスは非常に違う起源をもっているけども、混ぜて話していく中で、その中の共通性も見えるんじゃないかと気もします。<br />
野原：皆さんご参加どうもありがとうございました。私はもともと翻訳理論というものをやっていまして、トランスレーションというのは非常に広い概念で、たとえば、文学を演劇にする、あるいは絵を解釈して、それからストーリーをつくるといったような、異言語間翻訳というものも入るわけです。<br />
翻訳を行うと、まったく異なる層の人々に、メッセージが届くことがあるということです。それは意図してそうすることもある反面、びっくりするような効果が思わぬところから起こることもある。そういったことがサイエンスとデザイン、あるいはアートの世界で起こったらいかに面白いかっていうようなことを考えつつ研究をしております。<br />
議論は尽きませんし、いろいろな問題がオープンになったと思っております。ありがとうございました。来年もこちらでお会いできることを祈っております。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.05  サステナブルな未来を思考する　～科学とアートから見る環境と社会：ヨーロッパからの報告　2/3</title>
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    <published>2010-04-06T09:15:25Z</published>
    <updated>2010-04-21T10:47:26Z</updated>

    <summary>1000個の風力発電　1000個のアート ホッツ：もう一つお話ししたいことは、「...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>1000個の風力発電　1000個のアート</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2732.JPG"><img alt="20091218_CC05_4.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2732-thumb-200x133-95.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>ホッツ</strong>：もう一つお話ししたいことは、「アートってなんなの？」と、アートの価値とは何かということを考えることです。ここにいらっしゃるのはエンジニアの方が多いと思います。また科学者でいらっしゃいますね。そして、そのやっていることに誇りを持っていると思います。ただ、人類が生まれてから、常にアートというものはありました。なんでだと思いますか？　<br />
科学者は、何かを発明したり開発するために必要です。じゃあ芸術家はどうなんでしょうか？　たとえば、彫刻とか、劇とか、文学とか、そういったものを生み出します。人間を見ていくと、たとえば銀とか金とか銀行口座とか、またそれ以上も必要です。たとえば愛とか、思いやる心とかが。人というのは非常に深いそういった欲望の必要性があるんです。<br />
つまり何か芸術的なものが必要なんです。それがあって完全になれると。なにか劇を見るとします。そして笑います。そうすると心が洗われる。悲劇的な劇を見て泣いたとしても、心を洗ってくれる。人間というのは、芸術がなければ存在できないのです。<br />
　<br />
最後、サイエンスとエネルギーということに関して、日本についての意見をお伝えしたいと思います。ドイツは世界でもナンバーワンと自負する風力発電、そして太陽光発電というもののパイオニアであります。原子力発電25基に相当する量の発電を、次世代エネルギー源として得ようとしています。<br />
でも、風力発電は、まだ日本にはあまり見られませんよね。それは非常に目立つもので、色は主に白いです。もし私が日本の経済省の長官だったら、文化省の大臣に働きかけて、1000個の風力発電の１基1基に、アーティストによって好きにデザインさせるということをしますね。それも漢字で。想像してみて下さい。そこに1000個の漢字を皆さんは見るのです。日本国中に1000個の風力発電のターヴィンみたいのがあって、それぞれが一つの一つの漢字と結びついている。<br />
　<br />
日本国中にこういった、人を寄せ付ける観光資源というものが出来上がるんですね。それぞれが一つ一つのアイデンティティを持っていて、その1,個は多様性を表す。そして集団として人々を寄せ付けるものになると思います。これが一つの大きなプロジェクトの作品になるわけです。</p>

<p><big>世界の終わりについて</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2712.JPG"><img alt="20091218_CC05_3.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2712-thumb-200x133-93.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>ホッツ</strong>：世界の終わりということについて、ちょっと述べたいと思います。「このまま私たちがこういった生活を続ければ、エネルギーを消費しつくし、もう世の中は終わってしまう」というようなことが言われます。昔からノアの箱船の話もそうですし、ノストラダムスの大予言も、人類への警告としてですね、将来の暗澹たる姿を警告として使っています。<br />
もう一つは気候変動ですね。ガソリン、ガスとかに含まれた炭素を燃やされてしまったときにそれが空中に放出されてしまうと、非常に大きな温暖化の影響を与えると。　<br />
二つ目は水の問題ですね。ヒマラヤ、チベットなどのアジアの中央の山の上の氷は、予測以上の速さで溶けていくと言われています。そこにいる人口が、世界の半分にもなるわけですね。氷が足りなくなれば、水の難民というものが、非常に大きな規模で生まれてしまうわけです。<br />
さらに食料問題というのがあります。聖書に始まって、あらゆる出版物を見てみると、飢餓というものが、やっぱり人類の運命を左右するというのは紛れもない事実なんですね。毎年ドイツの総人口と同じだけの人口が、毎年増えています。人口が増えなくても、一人一人が、より高い品質の食べ物を食べたいというふうになっていると100万トンの米の代わりに、100万トンの牛肉を食べたくなります。元ビートルズのポール・マッカートニーが欧州議会で、肉の消費量を減らそうというようなことを訴えていました。<br />
六つ目の視点ですけれども、人類と自然との関係ということについても少し触れたいと思います。ヨーロッパでは、人間が自然を破壊するというのが主な考え方です。ただアジアでは、人類というのは自然の一部であるというような考えがあるかと思います。皆さんが持っているような、自分の一部として、自然をリスペクトするというようなことを訴えていっていただきたいと思います。</p>

<p><big>スペシャリストとジェネラリスト</big><br />
<strong>ホッツ</strong>：最後、申し上げたいのは、大学での非常に大きなチャレンジとしては、何か専門的な教育を行うだけでは駄目だということです。なぜかと言うと、専門家であるということは、ある視点があるということです。たとえばミミズっていうのは大切なのですよ。ミミズは、対象をじっくり見て、テーブルやテーブルの下は何があるのだろうとか、そういったことを考えます。<br />
でもそれだけではなくて、大学というのは、ワシのような俯瞰した考え方が必要なのです。自分の専門分野で、きちんと一つのことを見極め、ほかの分野についても、たとえば地理とか、社会学とか政治学とかについても知っている必要があります。スペシャリストは必要なのですけれども、全体を判断する力が必要なのです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.05  サステナブルな未来を思考する　～科学とアートから見る環境と社会：ヨーロッパからの報告　1/3</title>
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    <published>2010-04-06T08:47:11Z</published>
    <updated>2010-04-06T09:58:38Z</updated>

    <summary>アートというレンズを通してサイエンスを見る 野原：今日のトピックは、「サスティナ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>アートというレンズを通してサイエンスを見る</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2658.JPG"><img alt="20091218_CC05_1.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2658-thumb-200x133-89.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>野原</strong>：今日のトピックは、「サスティナブルな未来を思考する　～科学とアートから見る環境と社会」です。サイエンス・コミュニケーションを、クリエイティブなアートを通して見ていこうという試みが大きなテーマになります。まず、ご紹介させていただきます、東工大学長の伊賀先生です。<br />
<strong>伊賀</strong>：まず今日のこのサイエンスカフェという取り組みについて少しお話しさせていただければと思います。こういった少人数でディスカッションしながら、サイエンスやエンジニアについてのトピックを話そうというのが大きな目的です。エネルギーや環境といった一般的な、社会の認知を広げるということを目的としています。しかもクリエイティブなメディアを通してコミュニケーションを活性化させる、つまり「アートというレンズを通してサイエンスを見る」というのが、非常にユニークな取り組みになっています。<br />
アートということについて考えてみますと、私の頭の中にすぐ浮かぶのが、音楽ですね。オーケストラで長年ダブルベースを演奏してきまして、決して上手とは言えないですけれど、セミプロぐらいの量を演奏してきたと自負しております。</p>

<p>サイエンスに関していえば、東工大における環境問題についての取り組み、具体的なものをご紹介させていただきたいと思います。10年前から、炭素のリサイクルとエナジーについてのリサーチセンターというのを設立しました。またＧＣＯＥのエナジーセンター、サイエンスについてのエデュケーション・リサーチセンター。また「ツバメ」と呼ばれるスーパーコンピューターWOを持って、大学で一番先にスーパーコンピューターを活用する取り組みをしております。<br />
あとは、アドバンスド・エナジーシステムと呼ばれるようなシステム全体の構築、たとえばこの建物の上が、ソーラーパネルになっていまして、隣の建物には燃料電池もあります。また、そこで得られたエネルギーを使って、車の燃料が補給されていたりします。それから電気なども、非常に環境が優しいシステムが構築されていたりします。<br />
将来的な取り組みですが、インターナショナル、国際的エネルギーアートウィークというのを2011年にやっていきます。ここでも多くの協力、団体の協力をいただくことになっています。</p>

<p><big>カフェとは何か</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2762.JPG"><img alt="20091218_CC05_2.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/04/DSC_2762-thumb-200x133-91.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>野原</strong>：ありがとうございます。このサイエンス・カフェというのは、非常にカジュアルなイベントです。食べながら飲みながら、リラックスして楽しんでいただければと思います。それでは、フランク・シュバルバ・ホッツ氏をご紹介したいと思います。<br />
<strong>ホッツ</strong>：このサイエンス・カフェというのは、人類史上の中では新しい試みだと言えると思います。サイエンス・カフェというのは、コーヒーを飲まないと実現できないです。ブッダやジーザスというのはコーヒーを飲まなかったので、彼らはこういったものをすることができませんでした。<br />
コーヒーは、皆さんご存知のように、アメリカからやって来ました。当時、コーヒーは、社会的に認められていませんでした。なぜかというと、娘が帰ってこないとか、誰か知らない人とお話しするから非常に危険性があると。お互い見つめ合ってお話しをして、アイデアの交換をすることができる。また、新しいアイデアを立てるための戦略なども考える場だったのです。<br />
ヨーロッパでは、こういったサイエンス・カフェというのはレンズの発明と同じくらい画期的だったわけです。いろんな民族、フランス人、スペイン人であったり、そういった異国の人たちを認め合ったことも、その成果だったんです。それは欧州のアイデンティティっていうのは何かということを考えたことにつながります。<br />
　<br />
日本の方にお願いしたいことがあります。アジアとか、東南アジアの文化っていうものは、どんなものがあるかということを考えていただきたいと思います。私の表面的な経験なんですけれども、皆さんは、ヨーロッパ人よりも個人の独立性がやや少ないと思います。アイデンティティ、そして文化の影響があるだと思います。そしてもう一つ言えることは、皆さまのほうが、限界を容認しやすい。一般的な基準を受け入れやすいように、その限界も受け入れやすくできるように思います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.04 音楽療法とはどういうものか 2/2</title>
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    <published>2010-02-27T07:04:35Z</published>
    <updated>2010-02-27T08:00:28Z</updated>

    <summary>音楽療法とは？ DVDのナレーション：照明を暗くして下さい。よく座って下さい。姿...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>音楽療法とは？</big></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2039.JPG"><img alt="DSC_2039.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/DSC_2039-thumb-170x113-77.jpg" width="170" height="113" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><strong>DVDのナレーション</strong>：照明を暗くして下さい。よく座って下さい。姿勢をちゃんとして下さい。姿勢をちゃんとして下さい。リラックスして下さい。リラックスして下さい。目をつぶって下さい。深呼吸して下さい。そして、息を吸って下さい。そうしますと、その疲労、疲れとかそういうものが飛んでいくと思います。そして息を吐き出して下さい。そのときはですね、疲れとか、そして不愉快なそういう悩みと言うんでしょうか、そういうものも一緒に吐き出せると思います。<br />
<strong>DVDのナレーション</strong>：そしてちょっと想像して下さい。いまは、草、芝生の上に横になっていると。そして周りは非常に静かであるということですね。非常に静かな中にいる自分を想像して下さい。そして芝生の草は非常にやわらかいと。地面は非常にやわらかいと。そして、草の匂いとか、土の匂いをかいで下さい。そして、空は青々としております。春の日差し。非常にソフトで暖かい、非常に気持ちいいです。（以下、腕、首、顔など全身の脱力を指示）<br />
----どうでしたか？　「みんな疲れているんだな」っていうか、「明らかにこの人は眠っている」っていう人もいたんですけど（笑）。　<br />
<strong>Ａ</strong>：音楽もよかったし、なんか、そっと語りかけるような中国語がきれいで、うっとりしました。<br />
<strong>G</strong>：寝ました（笑）<br />
<strong>H</strong>：音楽にリラックスしたのか、言葉にリラックスしたのか、照明が落とされたこともあって、なんか総合的にそういう環境全体に癒されたなっていう感じがあります。あと、「暖かくなる」っていうことと、「リラックス」っていうのは、自律神経とおそらく関係あるんですよね？<br />
<strong>チン</strong>：いま、おっしゃったことは、正しいかと思います。やはり総合的な効果というのがあったと思います。それによって手が熱くなったり、そしてリラックスしたりとか、そういうことになったと思います。でも、音楽というのがなかったら、たとえばそのナレーションだけですと、手は熱くならないと思います。音楽というのが非常に肝心であると思います。<br />
ＤVDの３分の１しか皆さんにお聴きかせしませんでしたが、このあとはですね、想像の部分っていうのがあります。想像力を発揮して、それで非常に美しく、かつリラックスできるような環境というのが想像できると思います。<br />
<strong>Ｃ</strong>：たとえば、さっきまでの音楽は、人間がつくったというか人工的な音でしたけど、鳥の声とか、自然の音も有効ですよね？<br />
<strong>チン</strong>：自然の音は、非常に効果があると思います。でもそれはやはり、一定の、ある程度のリズムをともなって入れてくるということ。たとえば鳥の鳴き声とか、海の波の音とか、ただそういうものを入れるだけでは不十分です。ちゃんとそのリズムを考えて入れていかなければなりません。<br />
----おそらく、いろいろな実証に裏打ちされた要素を集めてつくり上げた形なんだろうと思います。非常に有機的な形で折り合って一つの作品になっている科学とも言えます。</p>

<p><big>自閉症の子供の場合</big><br />
<strong>チン</strong>：では次に、またＤＶＤを見ていただきたいと思います。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_2075.JPG"><img alt="DSC_2075.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/DSC_2075-thumb-170x113-80.jpg" width="170" height="113" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>子供たちに対する音楽療法のケースをご覧に入れています。自閉症のトーマスという子供です。誰とも口をきこうとしません。話しはできるんです。ただ、あまり人と話すことをしなかったために、言葉そのものが訓練されなくなってしまいました。さまざまな啓発によって、最終的に、心の底から笑ったり、感情の交流ができるようになっていくさまを写しています。<br />
このお子さんのお母さんが治療室に入ってきました。まず、初歩段階の治療ですね。お母さんが出てきました。で、彼の身体の両側が揺れてしまうのは、これはこの子の病気からくるものです。実際に音楽治療師は、この子のリズムに合わせる形で、音楽とマッチさせながら治療していきます。<br />
第２段階。これは鉄琴のようなものに彼が触れます。ただやはりお母さんと一緒じゃないといられないんです。言葉は出していません。で、治療師は、意識的にゆっくりとしたリズムの音楽、そして我慢強く、ストレスを感じさせないような音楽を出しています。<br />
そして第３段階。治療師が子供を抱えて、子供はドラムの上に乗るんです。とっても面白そうです。治療師とおんなじようなリズムで体を動かす。嬉しくって笑ってます。これはとてもすごいこと。　<br />
この治療の中では、言葉はありません。そして彼は、歌を歌おうとしてます。スパニッシュ風の音楽ですかね、本当に嬉しそうです。こういうのは本当に得難いことです。<br />
音楽というのは、障がいがあるようなお子さんたちにも、これだけの楽しみをもたらすことができるということです。まさに音楽治療師の側からしても自己実現のプロセスなんですね。</p>

<p><big>ピアノのリズムと治癒</big><br />
私は次に中国でよく知られた素敵な曲を弾きたいと思います。ただ、その題名は教えません。内容も教えません。聴いて下さい。そして、自分たちの感想をそれぞれ言って下さい。「あまり好きじゃない」とか、あるいは「これはとても美しい調べだった」とか「馴染みがない」とか、なんでもいいからあとで感想を言って下さい。<br />
<strong>Ｄ</strong>：日常的な感じではなく、なんか非日常的な、ファンタジーな感じを受けました。<br />
<strong>Ｅ</strong>：僕は、反対で、湖とか、空とか、なんかちょっと自然っぽいような。<br />
<strong>Ｆ</strong>：とてもしっとりしていた曲で、僕はすごく聴いていて好きだったんですけど。今日みたいな、少し明るくないようなイメージで、ちょうどいまの外の天気のような、そういう中で落ち着いて聴けるような曲だと思いました。<br />
<strong>Ｇ</strong>：全体的にマイナーなメロディだったんですけど、ところどころ、メジャーって言うと誤解があるんですけど、明るい曲調が途中に入っていて、ふるさとを離れるときの、なんかＢＧＭっぽい印象を受けました。だから、明るいところで昔を思い出してるんだけれども、これからその故郷を離れなきゃいけないというので悲しいイメージが入っているのかなという、感じを受けました。<br />
<strong>チン</strong>：マイナー、メジャーとか、それから非常に力のある部分と、非常にやわらかいというところがあることをおっしゃいました。この曲の名前なんですが、「小川の流れ」っていう曲名です。雲南省の景色を描いた一つの曲です。男女の恋歌です。私は非常に好きなんですね。それは別に恋歌だからではなく、そのリズムが私は非常に好きなんです。<br />
非常に美しいメロディで、非常にソフトな感じを受けることができると思います。でもその中に、ワーっていうものも感じられますよね。ほかの人と対話をしているような感じです。<br />
<strong>L</strong>：話の中に出てきた、リズム訓練っていうのは、さっきのＤＶＤに出てきたような、一緒に演奏する感じなんですか？<br />
----一緒に体験するだけで効果があるものなのか、あるいは一緒に何かを解決するような形をとるのか、っていうのでしょうか。<br />
<strong>チン</strong>：実は、対象によって違うんですね。このお子さんにはこういうリズム訓練が合っても、ほかのお子さんには合わない、人によって違うんですね。これは治療師が設計するんです。音楽に対する感度と言うんですか、感性をもとに判断していくんです。<br />
特にお子さんに関しては、参加型のほうが適してると思います。子供は言葉をあまりそ好まないので、話すことだけでは駄目ですね。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.04 音楽療法とはどういうものか 1/2</title>
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    <published>2010-02-27T06:48:15Z</published>
    <updated>2010-02-27T08:01:54Z</updated>

    <summary> 感情を呼び起こす音楽療法 チン：今日は、音楽療法は一体なんなのかということをお...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_1992.JPG"><img alt="DSC_1992.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/DSC_1992-thumb-200x133-73.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/DSC_1947.JPG"><img alt="DSC_1947.JPG" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/01/DSC_1947-thumb-200x133-21.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p><big>感情を呼び起こす音楽療法</big><br />
<strong>チン</strong>：今日は、音楽療法は一体なんなのかということをお話しします。まずは、音楽技術だけではありません。鑑賞のレベルも含まれます。あともう一つ考えなければいけないのは、人間ですよね。どういうふうに情報を人間に対して伝達していくか。したがって教育、心理学、医学、心理学という内容も重ねてやっていきます。音楽治療というのは、簡単に言うならば、学際的なものなんです。<br />
言葉だけではうまく表現できない感覚を持った人、たとえば知的障がいがあったり、あるいは自閉症のお子さん、まだ治癒できないとされている精神病の人たち、さらにはうつ病であるとか、そういう人たちに対して、積極的な感情を呼び起こすという意味で音楽療法が応用されております。<br />
どのような人間も、生きているうえでは、やはり音楽というのは切っても切り離せないような関係があることを、私は強調しておきたいと思います。大哲学者のヘーゲルの言葉を引用いたします。<br />
「芸術の課題と目的というのは、人の心の中にあるもの全てを取り出して、そして我々の感性や情感、インスピレーションとして提供するもの」である。そして、「その正しい感情の中で、喜びを感じることができる」。これは、音楽療法の中でも、一番重要なことを言っていると思います。<br />
「呼び起こす」というのは音楽療法の中では、とても重要な面です。私たちの心の奥底の、本当はとても積極的な、特に生きるということについて積極的なものというのを呼び起こすことができるんです。</p>

<p><big>音楽とは何か</big><br />
音楽の特性というのは、はるか昔、いにしえから人々の生活に不可欠な美の表現の形でありました。<br />
それには３つの側面がありました。まず労働から音楽は始まったというふうに言われてもいます。原始時代、重い労働のかけ声。労働を軽減するため、音楽は生まれたと。<br />
次に、もともと無味乾燥な生活の中で、音楽といったものを通じて、生活の調節を図ろうというところから生まれたと言われています。中国では少数民族がいますが、この地域では、かなり単調な生活の中で、音楽というもので、生活に彩りを添えます。民謡と言われるものもそうですね。<br />
そして３番目は、古典音楽。クラシックを勉強している人というのは、宗教的な音楽を必ず学ぶことになると思います。宗教的な音楽というのは、精神的な解脱ですね、あるいは望みというものを、音楽を通じて表現しようというものであります</p>

<p><big>治療のプロセス、リズム訓練</big><br />
音楽治療、治療のプロセスというのが、一体どのような道をたどるのか。まず、感情の欲求というのがあります。次に安全を求める安全の欲求。そして三つ目は、人間関係の欲求っていうのがありますね。音楽が人にもたらす大変いい効果の一つとしまして、人間関係を解決してあげるということがあります。<br />
音楽治療師としましては、リズム訓練というのがあります。リズム訓練というのは、もちろんメロディをともないます。リズム感というものを、どういうふうに解釈するか、これはとても面白いところなんです。<br />
アメリカのロビンソンという音楽治療の大家がいます。ロビンソンさんっていうのは、生活の隅々に音楽を発見する、素晴らしい人です。たとえば、洋服を売っている所にもＢＧＭが流れているとします。ロビンソン先生がいらっしゃったときに、ある女の子がそのお店から出てきたんですね。その走るステップとか、そのスキップをする速度というのが、すべてお店の中で流れている音楽のリズムとぴったり合ってるということを先生は見事に指摘しています。生活の中で人は、無意識にリズムとかそういうものを周辺の音楽と合わせているのが、とても面白いと思います。<br />
人が知らず知らずにして、リズムとか、音楽の順番の欲求というのを持っているということだと思います。そして音楽は調和が必要でありますし、また、最終的には、音楽というものを通じて、自己実現をしたり、あるいは問題解決をしたりということが音楽の役割のプロセスであろうと思います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.03 「都市」と「映像の都市」はどう違うか 2/2</title>
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    <published>2010-02-26T09:42:47Z</published>
    <updated>2010-02-27T07:42:20Z</updated>

    <summary>アーバン・スクリーンプロジェクト　都市の中の動く映像 瀧：今度は、ドイツのハンブ...</summary>
    <author>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>アーバン・スクリーンプロジェクト　都市の中の動く映像</big></p>

<p><strong>瀧</strong>：今度は、ドイツのハンブルクで行われた「アーバン・スクリーン」という実験的なイベントです。彼らはビルや建造物の表面に映像を投影する実験を多く行なっているグループです。2009年の5月に行われた実験で、建物にビデオ・プロジェクターでタイルが引っ込んだり出っ張ったりしているような映像を現場で映してるんですね。</p>

<p><object width="480" height="295"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/3h3D6dCLAeo&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/3h3D6dCLAeo&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="400" height="225"></embed></object><br />
<u>｛555 KUBIK Art Direction: Daniel Rossa ,3D Operator: David Starmann<br />
Sound Design : Jonas Wiese  ｝<br />
urban screen.com</u></p>

<p><strong>瀧</strong>：都市の中の映像、これは町の中でやりますから「映像と建築の違い」を考えることができます。建築物は普通動いたりしませんよね、物理的なものなので。それをどうやったら動かせるかって考えたときに、映像はその代用ができるというか、そういうことができると。<br />
「そこに物がない、存在しない」っていうことが映像の前提ですが、その映像がこういう物理的な建築物と結びつくと、本当に「あるかもね」という、ちょっと面白い問題になるんですね。<br />
これから都市の中に映像がどんどん入り込んできます。実際にもう入ってきていますが、そこに、さっきの「虚しさ」という問題が出ましたけど、ただ単に都市の中に面白い映像が流れてるだけでは物足りません。もっと「考えるチャンス」のような面白いものが出てくるんじゃないかなと思っています。</p>

<div class="img_left clr"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/IMG0597.JPG"><img alt="" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/IMG0597-thumb-200x133-70.jpg" width="200" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></span></div>

<p><strong>Ｊ</strong>：この映像はちょっと気持ち悪い。普段動くはずのないものが動いてるように見えるので。<br />
<strong>Ｇ</strong>：必ずしもこの映像はマイナスではなくて、エンターテイメントという立場で考えられる。たとえば、ものを実際に動かすってすごいエネルギーが必要。だからエンターテイメントでイベントを開こうとしたときに、実際に物を動かさずに映像とかを使ってこういうふうにできたら可能性は広がる。日々の暮らしの中にもっといろんなエンターテイメントを提供できそうな気もしなくはないんですね。<br />
----今日３本見せていただきましたけど、瀧さんは、どういう基準でこの３本を選ばれたんですか？　<br />
<strong>瀧</strong>：都市と映像の問題は、実験段階の未開拓な部分がたくさんありまして、それが今日の３方向なのかなと思っています。<br />
映像を通して建築素材が動く可能性が出てくるところや、石で造った建物に木のテクスチャー(質感)を映像で映せば木に見えなくもないだろうといった問題。一方で今、有機ＥＬや折り曲げることが可能なディスプレイが開発されつつあって、そうすると皆さんの「住まう空間」も変わってくるかもしれないですね。<br />
それはテーブルとか服とかにも簡単にイメージを映し出すことができるかもしれません。ただ何でもあり、でやればいいってものでもありません。そこをどうするかっていうリテラシー（読み書き）の問題が起きます。<br />
今まではスクリーンの中が「映画」で、その中に偽物の／スペクタクル(見世物)が演じられてきました。現代は反対で、我々の現実の世界に映像が入ってくる。「日常が映画化されてしまう」そういう時代に突入しているのではないでしょうか。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.03 「都市」と「映像の都市」はどう違うか 1/2</title>
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    <id>tag:creativeflow.jp,2010:/report//3.58</id>

    <published>2010-02-26T06:46:14Z</published>
    <updated>2010-02-27T07:39:44Z</updated>

    <summary>映像と都市の関係を探る 瀧：今日は「都市と映像の都市はどう違うか」というタイトル...</summary>
    <author>
        <name>creativeflow</name>
        <uri>http://creativeflow.jp/mt/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=3&amp;id=2</uri>
    </author>
    
        <category term="02.アートリテラシー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>映像と都市の関係を探る</big></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/IMG0604m.jpg"><img alt="" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/IMG0604m-thumb-430x286-66.jpg" width="430" height="286" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p><strong>瀧</strong>：今日は「都市と映像の都市はどう違うか」というタイトルで作品を集めてみました。</p>

<p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=PirH8PADDgQ" target="_blank">ゴッドフリー・レジオ『コヤニスカッティ』1984年　予告編</a></p>

<p>----システム化された都市の映像、最後にロケット・チャレンジャーの爆発で終わる。産業文明の最後の果てを思わす黙示録的な映像とも見えますね。<br />
<strong>Ｃ</strong>：たぶん、当時は画期的な映像だったと思います。<br />
----今のあなただったら、どういうふうに撮りますか？<br />
<strong>Ｃ</strong>：もっと編集して、いろんなところでカットします。チャレンジャーが上がるところは崇高的な感じだけど、爆発したあとは、僕だったらたぶん、すぐフェードアウトして終わりにします。人間の集中力が限られています。「もうつまんない」と思わせる前に、新しいものを出す。いい感動で終わらせるのほうが効果的だと思います。<br />
<strong>瀧</strong>：おそらく80年代でもこれはくどかったと思います。でもなぜ執拗なまでにこのシーンを見せたかというのは意味があると思います。たとえば今、『24---TWENTY FOUR』みたいなテレビドラマでは一つのカットが約２秒以内で、一見するとドキュメンタリー報道のようなタッチで、パパッと変わるから、リズムがあり飽きさせません。それとは対照的なのが今見ていただいた映画です。<br />
実はこの映画の監督ゴッドフリー・レジオは、元牧師で若者たちに彼の信じる宗教の考え方や理念を伝えるにはどうすればよいのかと考えて映画に至ったそうです。<br />
----世界最初の映画を作ったメリエスという人がいますけども、最初のころに「海の上を歩くイエス」っていう宗教映画のはしりとも考えられる映画が撮られてます。映画と宗教は関係がありますね。<br />
<strong>N</strong>：「翻訳」とか「記号」をどう考えるかっていう話を発展させた人がやはり牧師さんなんですよね。ユージン・ナイダという人。キリスト教をいかに異文化に伝えるかってことを考えた人。聖書をそのまま伝えても駄目だと。やはり異文化に適応する形で調整して、社会科学的な分析をしながらも、どこか非科学的な何かであった。私は非常に人間の面白さみたいなものを感じるんですけれど。<br />
<strong>瀧</strong>：今日は、そういう問いかけみたいな作品をいくつか持ってきました。</p>

<p><big>都市のラビリンス・プロジェクト</big><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/making-mimic-decayof02.jpg"><img alt="making-mimic-decayof02.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/making-mimic-decayof02-thumb-200x129-61.jpg" width="200" height="129" class="mt-image-none" style="" /></a></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/making-mimic-decayof03.jpg"><img alt="making-mimic-decayof03.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/making-mimic-decayof03-thumb-200x129-63.jpg" width="200" height="129" class="mt-image-none" style="" /></a></span><br />
<u>パット･オニール＋ラビリンスプロジェクト『Tracing the Decay of Fiction』　2002</u></p>

<p><strong>Ｇ</strong>：「背景の今の風景」と「登場人物のいる時間」がずれて違う。人間の行動を際立たせているような感じがしました。<br />
<strong>F</strong>：人間が何かものを探している。その人間の行為以上のものが写っていて、いろいろ感じられた気がしました。<br />
<strong>Ｈ</strong>：この人たちは何を考えてるんだろう？<br />
<strong>Ｉ</strong>：わからないが、結構面白い、不思議な感じ。普通の映画じゃない。<br />
<strong>T</strong>：単調な感じなんですけど、複雑という感じ。<br />
----わけのわからなさを感じました？　<br />
<strong>瀧</strong>：これは劇映画ではありません。写っているホテルは「アンバサダーホテル」というロサンゼルスにある、今は老朽化したボロボロのホテルなんです。<br />
1920年代にこのホテルでロケーションして撮られた映画があって、----それが白黒の部分なんですけど----、今のカラーのボロボロのホテルと映像を一緒にする「ラビリンス（迷宮）・プロジェクト」と呼ばれているものです。<br />
だから、不思議に思った人とか、ほんとに迷宮に入っていってしまう人がいたと思うんですけど、そういうプロジェクトの一環の作品です。<br />
ぼくはこれが面白いなと思うのは、皆さんおっしゃったように、モノクロの映画と、現実のカラーのミックスさせた境界のない映像のところです。<br />
<strong>Ｊ</strong>：この映画は人間ではなく、「建物が主役かな」って感じがして見てました。その空間から感じ取ることが、白黒で描かれてるかなって感じがしました。<br />
<strong>Ｊ</strong>：実際の人物が出てこない。空（から）の建物だけが映って、ちょっと亡霊っぽいのが映ってたので、さみしい印象がありました。<br />
<strong>Ｋ</strong>：私も似てるんですけど。人物ではなく、建物が主役で、建物の思い入れみたいなのを描いた作品という感じでした。<br />
<strong>Ｃ</strong>：いや、僕はテーマがあると思います。1920年代、昔は元気があったんだけど今はもう意味がない。その虚しさがあると思う。未完成な感じがありました。面白いテーマだけどまだ未完成という感じがします。<br />
----最初に見た作品もそうですし、これもそうですけど、虚しさがありますよね。この「虚しさ」は大事じゃないでしょうか。何もない「虚しさ」ではなくて、いっぱい何かあるんだけど、何もない虚しい雰囲気が。<br />
<strong>瀧</strong>：「これは映画です」とも言えますし、「これはある場所のドキュメンタリーです」とも言えます。そういう中間領域の面白さがあります。そういう考えで映像を撮る人はあまりいなくて、大概皆「映画を撮ります」とか、「私はドキュメンタリーを撮ります」とか「私はアニメーションです」とか始めからジャンルを決めてかかっています。<br />
でもこの映像は、背景に都市の持つ記憶とか、時空間の交錯からスタートして都市を見つめ直しているので、そういう奥行きがあると言えます。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.02 日本の中の＜世界＞を見つめる 2/2</title>
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    <published>2010-02-02T05:10:14Z</published>
    <updated>2010-02-27T07:31:43Z</updated>

    <summary>日本の中の世界 オンラインギャラリー『The World in Japan 』を...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><big>日本の中の世界</big><br />
オンラインギャラリー<a href="http://colo-beta.jp/special/twj/" target="_blank">『The World in Japan 』</a>を見る</p>

<p>----「世界の中の日本」っていうのはよく聞きますけど、「日本の中の世界」（The World in Japan）っていうのは？<br />
<strong>岡田</strong>：自分自身の内側の世界を掘り下げていく作業のほうが20代のうちは大事かなと思って『I am』を制作し、その後、外の世界をちゃんと見ないといけないなと思いながら最近は写真を撮っています。このシリーズは<a href="http://www.mypicturetown.com/pictureBank/promo/public/JP/world_in_japan/index.html" target="_blank">ニコンのウェブ</a>から見ることができます。今は、アクトビラ対応のテレビでも見ることができるんです。<br />
ぼくは北海道、稚内で生まれたので、原点回帰というか、自分の生まれた場所に行って、世界というか、自分の内側の世界の反対側にある世界を見ようと思いました。でも『I am』を見たあとに見ると、なんだかこっちのほうが寂しい感じがしますね。<br />
<strong>Ｇ</strong>：ぼくも、『The World　in Japan』のほうが寂しいなって思う。これは風景画っていいますか、そのとき会って、もうあとはすれ違っていく人を写っているでしょう。それと比べると、『I am』は「自分のことを撮ってくれ」って、こう身をさらけ出してきた人たちを撮ってる<br />
<strong>S</strong>：私は、特殊なヘンなものを見るより、まず普通のものを見て、見方を変えたら「ああ、これは面白いじゃないか」とか、そういうことをまず考えていくほうがいいと思う。失うものばかりを撮るのは、私にはまだ早いかなと思う。<br />
<strong>岡田</strong>：きれいなものとか、かっこいいものっていうのは、撮ろうと思ったらいくらでも簡単に撮れるんですね。でも反応が「きれいだね」「おもしろいね」「上手だね」で終わってしまって、そこから先に何も生まれない悲しさがある。つまり、見る人の人生に何の影響も与えることができない写真は、ようするにそれはその人にとって「どうでもいい写真」であって、存在していないに等しい。むしろ「気持ち悪い」って言われた方が、その作品を、次の日とかにまた思い出してもらえることがあって、その人の価値観をちょっとでも変えられる可能性がある。否定されることもまた、ぼくにとっては、ありがたい見方をしてもらっているんです。<br />
でも普通は、出会ったときに"怖い"って感じてしまうと本能的に逃げてしまうでしょうね。被写体と向き合っているつもりが、結局は自分自身と向き合わなければいけない。自分を知るということは、怖いことでもあると思うんです。でもぼくは、"怖い"と思う自分の気持ちを乗り越えてでも写真を撮り続けることで、その次に自分がどういった自分と出会うのか、それを見てみたいという気持ちもあるんです。</p>

<p><big>美しいもの、生まれでるもの</big><br />
----『I am』ですけれども、2008年、第33回木村伊兵衛賞を受賞した作品なんですが、「ターニングポイントに入った」っていうふうに選者全員が寸評されましたね。日本や世界の置かれいてる状況の中に、岡田さんが示してるような地殻変動が大きく起こってるんだと。<br />
<strong>R</strong>：今まで、女の子の体は結構、美しいもののはずだったんだけど、これを見ると全然、うん......美しいと思わない（笑）。現実的すぎて。生で見ることは、いいこと悪いこと？今まで、アーティストは、女の子をもっと美しく撮ると思っていたので不思議です。<br />
<strong>岡田</strong>：『I am 』が、美しい形なのかもしれないと思っています。<br />
----もし、『I am』に美しさを、感じるという方いたら、手を上げていただけます？　あっ、いますね。<br />
<strong>W</strong>：『I am』の作品を見たとき、肌の色とかもそんな健康的な色っていうよりは、すごく自然なような感じがしました。その自然さのほうがきれいな感じしました。<br />
<strong>D</strong>：『I am』に出てる女の人を見ると、最初は、目が暗く絶望してるのかなと思いました。『The World in Japan』は日本なのに、日本の風景が失われてるような気がして、そのときにハッと思ったのが、『I am』の人たちは逆に自分を強く求めてると思いました。</p>

<div class="img_left clr"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/mother.jpg"><img alt="mother.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/mother-thumb-210x106-43.jpg" width="210" height="106" class="mt-image-none" style="" /></a></span></div>

<p>----これに関しては、コメントはやめましょう。<br />
<strong>岡田</strong>：ぼくが写真を始めたのが19、20歳のころですけど、一番最初に撮りたいなと思ったのが、実は出産のシーンでした。当時は、出産シーンを撮るのはタブーではあるんですけど。<br />
やっぱり人がどうして生きているのかとか、自分が生きる理由とかを知りたくて、一度、人が生まれてくる瞬間っていうのを自分の目で見てみたいなと思いました。気持ち悪いとか見たくないって言う人は、当然いるのもわかるんですけど、ぼくも皆さんもこうやって母親の体の中から生まれてきたということは変えようのない事実で、それを改めて考えるだけでも意味があるかなと。そう皆さんが感じてくれることを信じて見ていただきました。今日はありがとうございました。</p>]]>
        
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    <title>Creative Café vol.02 日本の中の＜世界＞を見つめる 1/2</title>
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    <published>2010-02-02T04:12:18Z</published>
    <updated>2010-02-27T07:30:19Z</updated>

    <summary> 『I am』を見る 岡田：今日、自分の作品をみなさんに見ていただくのですが、ど...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/photo/okada1.PNG"><img alt="" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/okada1-thumb-431x244-42.png" width="431" height="244" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p><big>『I am』を見る</big><br />
<strong>岡田</strong>：今日、自分の作品をみなさんに見ていただくのですが、どういうふうに影響を与えることができるのか、何か化学反応を起こすんじゃないかなと思って、楽しみにして来ました。あまり話すと、作品を見るのが面白くなくなってしまうので、まず見ていただきたいと思います。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am.01-thumb-130x108-45.jpg"><img alt="I am.01.jpgのサムネール画像" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am.01-thumb-130x108-45-thumb-130x108-46.jpg" width="130" height="108" class="mt-image-none" style="" /></a></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am02-thumb-130x108-47.jpg"><img alt="I am02.jpgのサムネール画像" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am02-thumb-130x108-47-thumb-130x108-48.jpg" width="130" height="108" class="mt-image-none" style="" /></a></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am3-thumb-130x130-49.jpg"><img alt="I am3.jpgのサムネール画像" src="http://creativeflow.jp/report/assets_c/2010/02/I am3-thumb-130x130-49-thumb-130x130-50.jpg" width="130" height="130" class="mt-image-none" style="" /></a></span></p>

<p>------みなさんはどんなふうに感じられました？<br />
<strong>Ｉ</strong>：正直、息が詰まるというか。圧迫されるような感じがします。人の表情が沈んだ感じの表情であるとか、構図が人が半分切れていたりとか。<br />
<strong>Ｊ</strong>：あとは、こんなに女性の裸を見ていいのかなと（笑）<br />
------岡田さんご自身は、どんな感じで撮られたんですか？<br />
<strong>岡田</strong>：「撮ってはいけないものを撮ってしまった」という気がしましたね。「見てはいけないものを見てしまった」という。おそらく世に出すのは、無理だろうと。自分で見ていても気分が落ちたり、皆さんと同じような感じ方だったりもしますよ。<br />
ただ何回もずっと見ていくと、死にすごく近い作品だという気はしますが、むしろ自分に向き合うことによって生まれる"強い生"を感じたりもします。自分でも見方がいろいろ変わります。<br />
<strong>Ｋ</strong>：僕はすごく冷静な態度で撮ってらっしゃるなっていう感じがしました。背景も、明るかったじゃないですか。<br />
<strong>岡田</strong>：いや、冷静でいられるわけがないですよね、これはあの......ひどいです。この作品を撮影してた1年半という期間は、毎日、イイチコを１本飲むぐらい、精神状態がとても荒れていました。<br />
人のエネルギーと向き合うことで、自分のエネルギーを消耗していく。人の撮影をするときが一番、すごいエネルギーが必要だと思いました。風景を撮るだけだと、ここまで消耗しませんね。</p>

<p><big>言葉にできないもの</big><br />
----私は、意外に冷静に撮っているという彼（K）の意見もわかるような気がするのですが。何かがしっかり映っている。<br />
<strong>O</strong>：被写体の方が、外に言えない「何か」を抱えて、それを表現するために被写体になったのでは。私は「ああ、でもやっぱり女の人だから、子供を生んで、命をつなげてくっていうこともできるんだな」と思いました。なんか生命のサイクルみたいなことも逆に考えてしまいましたね。<br />
<strong>H</strong>：僕は、女性の裸とか、リスカの跡とかって写っていても、「いやらしい」とか「痛そう」とかほとんどそういうことは感じなかったです。あそこの写真に出てる人たちが、普段、絶対人に見せないようなものを、誰でも見られるようなところでする、これはなんだろう、なんだろうな、あまりうまく言えないですけど......そういう気持ちはありますね。<br />
<strong>D</strong>：だから、しゃべると消えちゃいそうな感じがあるんで、下手に言葉にできないっていう。なんか、言ったら消えていきそうな。<br />
----じゃあ、この話はもう止めましょうか（笑）。</p>

<p><big>撮影のプロセス</big><br />
----ヌードになるまでのプロセスというか、交渉っていうのは、どんな感じでされるんですか？<br />
<strong>岡田</strong>：まず、『I am』の被写体になってくださっている人たちは、ぼくのこれまでの作品を見て、モデルになりたいって言ってきてくれた人たちなんです。ヌードは、絶対必要だろうと僕は思いました。服を着ていない状態が、一番ストレートに、"この人が今生きている"ということを表現できると。<br />
それと結構残酷なことをしているなっていう自覚は常にありました。ぼくは作家なので、写真を撮って発表して、それが自分の選んだ生き方なんですけど、そこにほかの人を巻き込んでいくことへの葛藤っていうものはやはりありました。逆にぼくがモデルを頼まれたら怖くてできないなとも思うぐらい、すごい勇気と覚悟を出して皆さん、撮影に挑んでくれた気がします。<br />
結構、リストカットの作品って思われているんですけど、本当は半分以上、顔と体を別々に撮影していって、ほんとうは誰が切っているのかわからない。それが、今の社会なんだろうなと思います。<br />
ふだん普通に大学に通っているような子たちが、服を脱いだら腕がぼろぼろだったりして、そういった"わけのわからないもの"が当たり前のように存在しているのが"今"なんだろうなと。</p>

<p><big>わけのわからないものと向かいあう</big><br />
----今言われたその日本の中にある「わけのわからないもの」を撮られている。撮影されるときは、わけがわからないという感覚で向かい合われるんですか？<br />
<strong>岡田</strong>：そうですね。作品を出すとどうしても作品の意味を問われたり、ぼく自身に答えを求められることが多いんですけど、ぼく自身も答えがわからないから写真を撮っているし、答えは僕の中にはない。答えを出すのは見てくださった観客だと思うのです。<br />
ぼくは、たまたま写真を撮っただけで、ここにいる皆さんも、研究か何かを重ねていけば同じような「わけのわからない」気持ちに出会うじゃないでしょうか。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.01　クリエイティブな見方のアティチュード　- カフェ・イントロダクション 2/2</title>
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    <published>2009-12-18T08:54:28Z</published>
    <updated>2010-02-01T08:39:38Z</updated>

    <summary>かろうじて表現するスリリングさ 津田：これはどうでしょう？ 「Dance] He...</summary>
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    </author>
    
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        <![CDATA[<p><big>かろうじて表現するスリリングさ</big><br />
<strong>津田</strong>：これはどうでしょう？</p>

<div class="img_left clr"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="photo_03.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/photo/photo_03.jpg" width="240" height="160" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><u>「Dance] Henri Matisse
(French, 1869-1954)</u></div>

<p><strong>津田</strong>：これも有名な絵なんですけど。<br />
<strong>G</strong>：変です。<br />
<strong>D</strong>：なぜ裸で踊ってるのか(笑)<br />
<strong>S</strong>：変な感じ。踊りの形がちょっと普通の人にはありえない。<br />
<strong>N</strong>：手前の人、手がつながらないでずり落ちています(笑)。<br />
<strong>V</strong>：左から2番目の人の足がガリ股でおかしい。<br />
<strong>E</strong>：原始人みたいな感じがします。髪型がとくに。<br />
<strong>A</strong>：背景が海なのか山なのかよくわかんないし、手前の女性の手ですが、右腕が変に太くなってる。<br />
<strong>Y</strong>：小学生レベルの感じがしました（笑）。<br />
<strong>津田</strong>：一応、ニューヨークの近代美術館に飾られてるんですけどね(笑)。<br />
もし少し見るとどうですかね。<br />
<strong>H</strong>：少なくとも現代的ではない。なんかの儀式みたいに見える。<br />
<strong>b</strong>：日本人だと当たり前になるんですけど、肌が肌色で、髪が黒いっというのは、実はあんまり一般的じゃないのかなと。そこにあえて統一性を求めるような気がします。<br />
<strong>R</strong>：私は一人一人はバランスが崩れてるけど、みんな合わせると、なんとか形になっていると思います。なんとか。<br />
<strong>津田</strong>：「なんとか」この言葉いいですね。「かろうじて」といってもいい。服も着てません、形も悪いかもしれません。だけど、「かろうじてダンス」になっているかもしれない。<br />
これが安定して、みんながちゃんと手をつないで、きれいにやっていたとしてもそんなに面白くないです。離れたり、くっついたりしてます。微妙な感じですね。<br />
クリエイティブな見方というのは、「スマート」だとか「クール」「かわいい」もいいと思いますが、たとえ形がおかしくても、たとえ色が単調であっても、その中に全体として何かすごくスリリングなものだとか、何か新しい価値観を変えてるものだとか、何か「変わった」ものがあるのではないでしょうか。</p>

<p><br />
<big>見ることのアティチュード</big><br />
<div class="img_left clr"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="photo_04.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/photo/photo_04.jpg" width="210" height="94" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><u>「man・heroic・sublime」 Barnett Newman<br />
(American, 1905-1970)</u></div></p>

<p><strong>A</strong>：これは、絵ですか?(笑)<br />
<strong>津田</strong>：これは、絵ですね<br />
<strong>D</strong>：ああ......。<br />
<strong>W</strong>：わからない。<br />
<strong>O</strong>：わかりません。<br />
<strong>津田</strong>：どうでしょう?難しいですね、このへんになってくるとね。<br />
<strong>K</strong>：何枚かの紙が重なってる、白い空白が、ちょっと紙がずれてる。<br />
<strong>F</strong>：パソコンの原始的なモデルでしょうか(笑)。<br />
<strong>B</strong>：携帯の裏側みたいとか。<br />
<strong>津田</strong>：この絵を見て美しいと思う人、いらっしゃいます?<br />
<strong>D</strong>：はい。結局四角と線だけで書かれていますけど、それだけなのに、こっちに出っ張っているような立体感覚は、すごいなと。<br />
<strong>C</strong>：左から1番目の線と、右から2番目の線は同じ色で白、真ん中2本は、白と黒で対比がある。左右対称形かなと思いつつも、右端に1本だけちょっとほかの線より太めな感じの線がある。その微妙なところに美しさがあるかなと思う。<br />
<strong>H</strong>：展示会に便器を置いた現代作品ありますよね。これも似たような感じじゃないですか？<br />
<strong>津田</strong>：それはデュシャンの便器の作品ですね。この絵の原題ですが「man・heroic・sublime」、訳すと「人間、英雄的、崇高さ」。日本語では「英雄にして崇高な人」と訳されています。<br />
<strong>F</strong>：そういう現実味はあんまりないというか。<br />
<strong>K</strong>：単調な規則模様なんですけど、完全に規則正しいわけじゃなくて、薄い線も、全部同じ色じゃない。単調だけど完全に単調なわけではない。。<br />
<strong>津田</strong>：微妙な挑戦の中に、今までとは違うニュアンスの読み替えがある、そこに新しい秩序が果敢に生み出されていると思います。そういうところにクリエイティブな見方のツボがあるのかなと思うんです。<br />
皆さんも、科学の中で、これからものすごく難しい作業をされると思います。アーティストも、自分なりの考え方で、微妙で繊細で果敢な作業をします。科学的な成果と、芸術的な成果が、どこか似ているところがあればいいですね。それが新しいカフェのコミュニケーションの始まりかなと思います。 </p>]]>
        
    </content>
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    <title>Creative Café Vol.01　クリエイティブな見方のアティチュード　- カフェ・イントロダクション 1/2</title>
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    <published>2009-12-18T08:38:31Z</published>
    <updated>2010-02-01T08:38:25Z</updated>

    <summary> ダ・ヴィンチとヒトラー 津田：みなさんもよくご存知でしょうが、レオナルド・ダ・...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://creativeflow.jp/report/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="photo_01.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/photo/photo_01.jpg" width="431" height="242" class="mt-image-none" style="" /></span></p>

<p><big>ダ・ヴィンチとヒトラー</big><br />
<strong>津田</strong>：みなさんもよくご存知でしょうが、レオナルド・ダ・ヴィンチという人がいました。彼は、サイエンスとアートの両側面を持った人でした。有名な『モナリザの微笑』をはじめ、いろんな絵画を描きましたし、飛行機の模型をつくったり、人体解剖もしていますね.渦巻き、洪水のスケッチなど、今の先端科学の「カオス論」と呼ばれているような研究もしています。</p>

<p>ダ・ヴィンチ的感性が今、話題になりやすい1つの原因は、小さな対象に限定研究する「専門知」とは違い、異なる領域との関係や全体ヴィジョンを見ようとする姿勢があるからではないでしょうか。もちろんその「専門知」というのは絶対必要で、徹底的に研究していくという態度がないと法則化できませんし、これは今後とも続けてゆかなくてはなりません。だけどもサイエンスとアートがどう関係しているのか、あるいは全体ヴィジョンを問う必要はあるかと思います。</p>

<p>こうした全体ヴィジョンの大切さを知りながら、残念ながら間違って考えた人がいます。ヒトラーです。彼は熱烈な画家志望でした。このヒトラーが政権を取ったとき、映画を始めとする美の追求はもちろんのこと、高速道路、ロケット開発、健康やエコにもたいへん興味を示しました。どこか現代の状況と似たものがあります。彼はサイエンスやアートの融合した世界を考えていました。でも現実には、スピルバーグの映画『シンドラーのリスト』『ミュンヘン』みたいな陰惨な世界を生み出してしまいました。</p>

<p>ダ・ヴィンチとヒトラーが違うのは、ヒトラーには、自分が人間なのに「神の視座」に立って考えてるようなおごりの態度がありました。ゲーム感覚で世界全体を見ているような感じは私は非常に危険だと思うんです。<br />
それよりも、素直に、いろんなものに対して驚いたり、あるいは、たじろいだり、予測不能なもの、解決不能なものへの「ゆらぎの態度」が重要だと思うのです。ダ・ヴィンチにはそういう多角的なゆらぎの目線がしたたかなまでにあったと思いますし、それが彼の作品の深さになっていないでしょうか。</p>

<p><br />
<big>見ることのアティチュード</big><br />
<strong>津田</strong>：たぶんサイエンティストも最初はそういう＜ゆらぎの感覚＞を持っていたと思うんですね。たとえば病人が出て、どうしても治せない、そういう人が亡くなっていく。そのときにやっぱり悲しみが出てきますよね。「これ、なんとかならないのか」「わけのわからないものがあるな」そういうゆらぎの目線があったと思う。その意味で、アーティストもサイエンティストも、やっぱり最初の根っこのところは同じ人間ですから、驚いたり、たじろいだり、そういう＜ゆらぎ＞感覚こそが私は、クリエイティブな見方の始まりじゃないかと思うのです。</p>

<p><br />
<big>好き、嫌い、無関心</big><br />
では、こういう絵が、ポンとあるとしますよね。そうしますと、皆さんどう反応されますか？<br />
<div class="img_left clr"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="photo_02.jpg" src="http://creativeflow.jp/report/photo/photo_02.jpg" width="258" height="420" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><u>「Anna Zborowska」 Amedeo Modigliani<br />
(Italian, 1884-1920)</u></div></p>

<p><strong>津田</strong>：たぶん、この絵が嫌いな方、それから好きな方、無関心な方、３種類に分けられるかなと思います。<br />
じゃ嫌いな方？　手を上げて下さい。3分の1ぐらいですかね。好きな方？はい。これも同じぐらいですよね。無関心派？。３分の１ずつ、きれいに分かれました。<br />
あなたは嫌いでしたっけ？<br />
<strong>P</strong>：ええ。彼女の表情。目がにらんでるみたいで。<br />
<strong>L</strong>：この女性のいる暗い部屋は、なんだか怖いなと思います。</p>

<p><strong>津田</strong>：あなたは好きなほうですか？<br />
<strong>C</strong>：人をちゃんと描いてるのに、姿勢が斜めで引き伸ばした感じになっているじゃないですか。写実的に描いたのに、引き伸ばしてるような感じがすごい面白いなと思うんですけど。<br />
<strong>F</strong>：服と背景の色が両方とも暗い色で、この女性はゆったりとくつろいでる感じがします。色を似せることで沈み込むようにソファに座ってるような印象が気に入っています。<br />
津田：同じ絵を見ても、感じ方は分かれますね。無関心の人は？<br />
<strong>H</strong>：背景に何かあるわけでもなく、人が一人いるだけで、「ほかになんかあるのかな？」と思います。<br />
<strong>K</strong>：恐怖感とかも、安堵感みたいなそういうのも感じとれなくて。「絵だなあ」という程度。（笑）<br />
津田：絶対的にこの見方が正しいということは、まず言えないですね。でも、たとえば皆さん、自分が絵画展へ行って、もし審査員になったとしますよね。それで自分が嫌いな絵があったら、どんどん落としていって、自分の好きな絵だけに賞を与えたら、よくないですよね。なぜかというと、審査員は多くの観客の代表であり、好き嫌いとは別の客観性が求められるからです。<br />
<strong>G</strong>：私は、具象画みたいなのに抽象画の感じが面白いと思います。<br />
<strong>L</strong>：原色の量が少ないのにまとまっている。<br />
<strong>Q</strong>：顔もやっぱり特徴があると思います。卵形、まん丸い。面白い。<br />
<strong>津田</strong>：微妙におかしいものが入っているんですね。具象画なのに抽象画である。少し「おかしいもの」が入りながら、「形にしてちゃんとまとめてる」。反対に、もし正しい顔というのがあったとして、その顔が描かれていても、それはちっとも面白くないと思うんです。この「おかしいもの」って何か。</p>]]>
        
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